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【お知らせ】

お知らせ

松商学園の116年を数える歴史の中、多くの卒業生が、政界・財界・スポーツ界・芸能界・各企業など、県内外の様々な分野で優秀な人材として活躍してきました。今、現役で活躍されている先輩方のお話には、松商学園から未来を見据えるヒントがあります。

信濃グランセローズ プレーイングコーチ
(平成6年度普通科卒)
辻 竜太郎さん

甲子園準優勝の松商野球部のエース、上田選手に憧れ大阪から入学しました。「勉強もしっかりする学校」と聞いたので、成績のよかった同郷の部員とともに勉強もがんばりました。野球は目の前のことをただ一生懸命やってきただけです。その結果、一年と二年の夏に甲子園に出場、一年で4番を打たせてもらったことは今も感謝しています。卒業後は明治大学で野球部主将を務めたのち、社会人野球を経てプロに。オリックス、楽天、そして信濃グランセローズでプロ13年目です。ジュニア(現フレッシュ)オールスターが長野で開催されたとき、準MVPを獲得して長野の皆さんに勇姿を見てもらえたことはうれしかったですね。「40才まで現役」が目標、高校時代を過ごした長野県に、グランセローズという素晴らしいチームができ、野球が今もできることに感謝しています。日本一となって恩返しがしたいです。
野球部にはメジャーを夢みる人もいれば、裏方でがんばる人もいる。目標が違っても自分なりに一つひとつ進めばいい。とにかく野球を楽しんでください。ここで得た「しんどいことから逃げず耐える精神」は必ず役立ちます。伝統のユニフォームを誇りを持って着てください。
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松商学園の116年を数える歴史の中、多くの卒業生が、政界・財界・スポーツ界・芸能界・各企業など、県内外の様々な分野で優秀な人材として活躍してきました。今、現役で活躍されている先輩方のお話には、松商学園から未来を見据えるヒントがあります。

Jリーグサガン鳥栖 MF 元・U21日本代表
(平成15年度普通科卒)
高橋 義希さん

私は小さい頃から始めたサッカーを続けたくて、松商学園を選びました。高校進学の際は、人生で初めての岐路に立たされ色々と悩むこともありましたが、充実した高校生活を送れるようにと多くの方々からのアドバイスを受けました。そして進学先を松商学園に決めました。
当時の高校生活を振り返ると、毎日サッカーに明け暮れながらも、多くの仲間たちと過ごした楽しい時間がいい思い出となっています。本当に充実した3年間だったと思います。
そして、今の自分があるのは、高校時代に自分の将来の夢、進むべき道を探し、その目標に向かうべくサポートをしてくださった先生方の存在があったからです。これからも、みなさんの目標となれるように頑張っていきたいと思います。みなさんも松商学園で充実した3年間を過ごしてください。
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オリックス・バファローズ選手
(平成17年度普通科卒)
深江 真登さん

甲子園出場を目指して、神奈川から松商学園に入学しました。1、2年生の時はチームとして思うような結果が残せず、悔しい思いをしました。しかし様々な挫折を仲間とともに乗り越えるうちにチームの結束は強いものとなり、3年生最後の夏には全国大会出場を果たすことができました。長野県大会で優勝して全国大会出場を決めた瞬間、チームみんなで号泣して喜んだことは、素晴らしい思い出です。松商学園高校の野球部に所属する中で、地域の方々からの温かい応援を実感することが多くありました。練習を終えて帰るとき、地域の方々がいつも声をかけてくださったことが特に印象に残っています。そういった経験を通じて、周りで支えてくれる人への感謝の心が学べたと思いますし、この経験は松商学園にいたからこそのものだと思っています。
自分を支えてくれる人のために頑張ろうという気持ちは、プロになった今でも、辛い時、苦しい時に自分を支える原動力になっています。
松商への入学を考えている皆さんには、夢と、夢を実現するための明確な目標を持って一日一日を大切に過ごしてほしいと思います。着実に目標を達成していくことができれば、いつか夢は叶うはずです。みなさんが松商で、夢への一歩を踏み出すことを期待しています。
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株式会社松本山雅 代表取締役社長
(昭和58年度普通科卒)
大月 弘士さん

青年会議所の理事長のとき『地元クラブをJリーグに!』という動きがあり、青年会議所にお声がかかって「それなら松本を盛り上げる意味でも個人的にお手伝いしよう」とNPO法人の理事を経て、2010年(株)松本山雅の社長に就任しました。おかげさまでクラブは悲願のJ2入りを果たすことができました。J2昇格にはクラブの健全な経営も大きな要素で、そこには地域の皆さんの協力がかかせません。松商では普通科で野球部だったので、サッカーも経営も実践的なことは教わりませんでしたが、松商OBの多くの経営者の方々が、山雅を大いに盛り上げてくださることは、松商出身者で本当に良かったと思います。野球部同期の飯島くん(長野グランセローズ副社長)も、私と似た立場でがんばる心強い仲間の一人ですね。
Jリーグは百年構想で「スポーツで、もっと、幸せな国へ」というスローガンの下、地域のスポーツ振興に取り組んでいます。この構想の理念は、スポーツや勉強で活躍して学校と地元を盛り上げてきた松商の伝統にも通じます。いつか松商出身者が松本山雅で公式戦にでてくれるとうれしいですね。
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松本市副市長
(昭和33年度商業科卒)
坪田 明男さん

商業科の出身です。部活動はテニス部に1年、演劇部に2年在籍しました。演劇部では舞台に立ったこともありましたが、演出や裏方の仕事が好きでした。松商学園での一番の思い出は、第40回全国高等学校野球選手権大会へ4年ぶりに出場した野球部の応援で、応援委員会委員長として西宮球場で大応援団を指揮リードしたことです。卒業後は食品化学(農業化学)の勉強をしたいと思い、明治大学農学部へ進みました、しかし長男ということもあり、次第に地元へ戻ろうという思いが強くなり、地方自治への関心もあったことから松本市役所に就職、それから秘書、商工労働行政、財政、社会福祉などに従事してきました。なかでも「サイトウキネン・フェスティバル」の音楽祭の初回立ち上げに携わったときは、松商学園のネットワークに大きな力をもらいました。現在は市長の補佐役の「副市長」という立場で、市長の政策決定を支え、部局間の調整、予算の査定などをしています。松商学園の建学の精神は「自主独立」ですが、自分の目標に向って努力し、自立を学ぶ場所です。それは他校にはないこと、多様な選択肢がある松商にぜひいらっしゃいといいたいですね。
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